最初からきれいに片付いた部屋でシンプルに暮らしている人って、いるんでしょうか?
いたら、本当にすごい人だと思います。
私は元々、とても物が多い部屋に住んでいました。
洋服や雑貨、アクセサリー、バッグや靴。
本、CDにDVD、食器。
スターバックスの珍しいタンブラーをコレクションしていたこともありました。
キャラクターグッズや、ぬいぐるみも大好き。
物欲に逆らえず、欲しいものは全部買っていました。
そんな私がシンプルライフに路線を変えた理由は、ズバリ「面倒くさかったから」。
この記事では、私が
- シンプルライフを選んだ5つの理由
- 物を大量に手放すまでの道のり
について書いています。
この記事を読むと、物欲まみれの人間がなぜシンプルライフに目覚めたのか、どうやって実現できたのか知ることができます。
私がシンプルライフを選んだ5つの理由
私がシンプルライフを選んだ理由は、冒頭に書いた通り「面倒くさかったから」。
何が面倒くさかったのかというと…理由は5つあります。
- 物がしょっちゅうなくなるから、探すのが面倒くさい
- 色々な物をどかさないと掃除ができない
- 服が多すぎて衣替えが大変
- 物が取り出しにくい
- 物が多いから片付ける場所がない
この5つの理由について、もう少し詳しく書きます。
①物がしょっちゅうなくなるから、探すのが面倒くさい
棚や引き出しの中は物がぎっしり。
食玩や小物、雑貨類をディスプレイしていたり、郵便物や書類を積み重ねて放置していたり、スッキリした部屋とは程遠い状態。
そんな部屋でしばしば、何気なく置いた腕時計やSDカード、デジカメのバッテリー、鍵などを無くしていました。
物が多いので、何かの拍子にどこかに紛れ込んでしまうのです。
特に小さいものだと、そこらじゅうをひっくり返して探し回っていました。
物が多いと、何かをふと置きっ放しにしても目立ちません。
色々な物が色々な場所に置いてあるから、置いてから時間が経つと、どこに置いたか忘れてしまうのです。
そんなことを繰り返すうちに、物が多い生活に少しずつストレスを溜め込んでいったのが、シンプルな生活を選ぶきっかけの一つになりました。
②色々な物をどかさないと掃除ができない
今では考えられないことですが、物が多い時代は部屋を掃除するのが大仕事でした。
食玩や小物を沢山置いていたので、ハタキをかけると気をつけていても置いている物を飛ばしてしまいます。
ハタキがけだけでも一苦労。
床のあちこちに積み上げた洋服や本も、どかさないと掃除機をかけられません。
掃除に時間と手間がかかりすぎるので、掃除がおっくうになってしまい、そろそろやばいな…と思う頃には部屋の隅に小さな羽虫や蜘蛛の死骸が転がっていたり…
本当はこまめに掃除をして清潔な部屋にしたいのに、それがなかなかできず、不潔な部屋で生活し続けることにストレスを溜めていったのが二つ目の理由。
③服が多すぎて衣替えが大変
過去の私は、好きな洋服を見つけると買わずにはいられませんでした。
クレジットカードの分割払いをしてまで手に入れていたのです。
洋服の枚数が多いから、季節が変わって衣替えの時期になると大変。
洋服の入れ替えに半日以上かかっていました。
アウターも計画的に買っていなかったので、冬物のコートは何着もクリーニングに出すことに。
コートのクリーニング代は結構高くつくので、かなり痛い出費です。
衣替えの労力に加えて、メンテナンスにかかる負担が重かったのが、3つ目の理由。
④物が取り出しにくく、片付けにくい
物が多いから、引き出しから棚まで常にパンパン。
余裕を持った収納ができないので、奥の方にある物が取り出しにくい。
手前の物を一旦出さないと取り出せないし、片付ける時もそう。
片付けるのが面倒だから、出しっぱなしにしてしまうこともよくありました。
ある時、ホテルに泊まって部屋のデスクの引き出しを開けると、便箋とペン、ルームサービスの価格表しか入っていないのを見て、こんな引き出しなら生活も楽に違いないと思ったものです。
出し入れしにくい収納にイライラし続けたのが、シンプルに暮らしたいと思った4つ目の理由。
⑤物が多いから片付ける場所がない
物が多いから収納に入れられない物を、床や机の上、椅子の上に置いてしまいます。
スッキリさせたいなと思っても、いっぱいいっぱいで入れる場所がない。
行き場のない物で部屋は雑然としていて、片付けられない物にはホコリが積もっています。
好きな物に囲まれているはずなのに、部屋にいるといつもイライラしてしまう状態だったのが、5つ目の理由です。
物を大量に手放すまでの道のり
これまで書いた5つの理由でストレスを溜めていましたが、片付ける決心をしたのは、床に積み上げてある本に足をぶつけて、雪崩が起きたのがきっかけ。
「物が多すぎる!もう全部捨てたい!!」
キレるというか、発狂しました。
コップの水が一杯になって、ドバーッと溢れてしまった感じです。
でも、片付け方なんてわかりません。
当時は断捨離なんて言葉も一般的ではなかったし、整理整頓に関する本はあっても、今みたいな片付けブームでもない。
とにかく物を減らしたいと思った私は、大型の収納家具を撤去することにしました。
背の高いスチールシェルフを撤去
当時の部屋には、背の高いスチールシェルフがありました。
狭い部屋に置いていたので、圧迫感もあったし、長年の使用で錆びかけている部分もありました。
とりあえず背の低い家具に変えて、部屋が広く見えるようにしたいと思い、スチールシェルフを解体。
大型ごみに出しました。
収納棚がなくなり、物が帰る場所がなくなった
スチールシェルフに収納していた書類、本、小物、色々なコレクションが行き場を失い、部屋の床の上に積まれていました。
新しく買う家具は背の低い扉つきの棚に決めていたので、物を減らさないと部屋を片付けることができない状態。
強制的に物を減らさざるをえない状況に追い込まれました。
残すか手放すか、物と真剣に向き合い考えた
物を減らさないと、新しい棚(しかも前より小さい)に収納できない…となると、ひとつひとつの物と真剣に向き合わなければなりません。
これは残すのか、手放すのか。
- 好きか、そうでもないか
- 愛着があるのか、そこまでないか
- 今後使う可能性はあるのか
こんなことを考えながら仕分けをしていました。
手放す決心をした物は
- 人に譲る
- オークションで売る
- リサイクルショップで買い取ってもらう
- バザー用品に寄付する
- 捨てる
こんな方法でどんどん部屋から出していきました。
小中高校時代のプリントやテストの答案、作品や教科書類は全部捨てたし、CDや漫画もほとんど売りました。
洋服もリサイクルショップやオークションに出したり、くたびれた物は捨てました。
物を減らし、部屋が片付いて感じる何とも言えない充実感
物は簡単に増えるけど、減らすのはかなり大変で、相当な時間がかかります。
当時は断捨離とか片付けブームでもなかったので、処分を終えるまでに数年はかかっていました。
手放しても手放しても、次から次に不用品が出てくるので、いつも「早く処分したい」と思いながら生活していたのを思い出します。
そして、もう二度とこんな苦労はしたくないと思ったものです。
そして部屋が片付いてみると…
窓から心地よい風が部屋を通り抜け、とても気持ちがいいのです。
視界をさえぎる背の高い家具もなく、物は定位置にきれいにおさまっています。
引き出しや棚の中には、本当にお気に入りの物だけが入っています。
収納量を8割に抑えたので、中身も一目瞭然。
物を減らしたから、何がどこにあるかすぐにわかるし、物を出しっぱなしにしていると目につくので、すぐに定位置に片付け、部屋が散らかることが減りました。
掃除もこまめにできるから、常に清潔な部屋で過ごせます。
部屋にいると心地良く、花を飾ったり部屋で好きなお茶を楽しんだり、リラックスできるようになりました。
清潔でスッキリ片付いた部屋を見渡すと、なんとも言えない充実感があるし、気分が上向いてくるのを感じます。
テンションが上がると運気も上がるような気がして、この状態を維持し続けたいという思いが、今日のシンプルライフに繋がっています。
好きな物でも、多すぎると幸せよりもストレスの方が大きくなる
たくさんの好きな物に囲まれているはずなのに、部屋にいるとなぜかイライラしてしまう。
物が多すぎると、それがたとえ好きな物でも逆にストレスになってしまう。
そんな人は、物を減らした方が幸せになれると思います。
今、物が多いということは、そこから本当に自分が好きな物、必要な物を見出せるチャンスだと思います。
自分が死んだら大半はゴミになる
物を色々持っていたり、使わずに保管していても、悲しいことに死んだら大半がゴミになってしまいます。
身内に迷惑をかけないよう生きているうちに自分で処分したいし、使える物は人に捨てられるぐらいなら、新たな行き場を与えてやりたい。
まだ死ぬのは先だと思いますが、私はそんなことも考えながら物を減らしてきました。
「あの世には何一つ持って行けない」そう思うと、厳選した物を大事に使いたいし、ひとつひとつの物が愛おしくなります。
最後に〜シンプルライフが最終目的ではない
シンプルライフは片付けのひとつのゴールではあるけれど、私自身はシンプルライフそのものが最終目的ではないと思っています。
確かに、最初は物を減らしてスッキリした部屋で暮らすことが目的でした。
部屋が片付くと、物が多い時とは生活が変わったと思います。
目的のない買い物はしなくなったし、第一、以前より物を買わなくなった。
そうすると、時間ができるのです。
今まで何かを消費していた時間は、何かを生み出す時間に変わりました。
受け身で消費する側から、能動的に何かを作ったり生み出したりする。
物よりも体験や経験値を積みたい。
そう思うようになりました。
シンプルライフを実現するということで、自分の新たな生き方を見つけることができた今、シンプルライフは目的ではなく、自分の生き方や願望を見出す過程にあるものなのかなと思います。
物を手放したり処分したりする片付けという行為は、単なる片付けを超えて、新しい生き方のタネを探し、見つけることでもあるのかなあと思います。
読んでくださった方の人生に、少しでも良い影響があれば嬉しいです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!